Confessions of Wannabe Carrie Bradshaw

1998年から放送された「セックス アンド ザ シティ」の中で、多くの20代の女の子はスマートで皮肉屋、野心家なミランダでも、ちょっぴり時代遅れで間抜けな可愛いシャーロットでも、 勝手気ままでナルシストなサマンサでもなく、みーんなキャリーになりたかった。ユーモアがあってセクシー、そしてちょっぴり気分屋で茶目っ気があって、、、

私もご多分にもれずキャリーに憧れた。彼女のフィクションな人生を真似するように、出版業界での(つまり低賃金の)仕事を求め、大学卒業後にニューヨークに移住。非現実的な広々としたキッチン、バスルーム、クローゼットを備えたアッパーイーストサイドのベッドルームに住み、自分の本を出版することが最終目標。ジャーナリストとして活躍することを夢見、暇な時間は新たに執筆をするのではなく、もう何度見ただろう「セックス アンド ザ シティ」は私自身を慰め、直視したくないあらゆる人生のノイズを消去してくれた。

キャリーのような生活を送るべく、週末は決まって午前3時まで遊びまわるパーティガールと友達になった。オープンしたてのイットなレストランを予約し、一月分の給料を軽く超えるリッチなシューズショップをのぞく。実のところ、私は本当にお金がなかった。四六時中飲んでいたウォッカソーダや、1人家で食べていたライスと豆、そして言うまでもなく家賃も払うことができていなかった。そんなとき、キャリーが高嶺のビッグを感情的にずっと追いかけるように、私も意中の年上の男性と出会った。夜遅くに彼の家でふざけあうことほど、私がキャリーになれたかのように感じさせるものはなかった。初めて私たちが別れたのは彼が私の引っ越しを拒んだからで、二回目は私の姉の結婚式でパートナーとして出席したくないと言われたから。いろいろあったけれどキャリーとビッグのように関係はすぐに終わらず何年か続いたが、しかし最終的には、キャリーとビッグのようにはいかず、私たちはお互い違う相手と結婚した。

「セックス アンド ザ シティ」が他のテレビドラマと同じでなんとも素敵で、不完全で、みんなに夢を抱かせるものだとしたら、なぜ私たちはこのドラマをここまで熱狂的に歓迎したのだろうか。21世紀の最初の10年、マンハッタンの下町に住むということは、きらびやかなショーのバックステージに住むことと同じ。キャリーが住む数ブロック先のGristedesというエリアに住んでいた私は、ビッグとは似ても似つかぬ白髪交じりの男性たちと幾度となく会った。アッパーイーストサイドの豪奢な建物がすぐそばにあるせいで、「セックス アンド ザ シティ」の世界が私たちを取り囲んでるものと勘違いしてしまったのかもしれない。私を含む多くのニューヨークへやってきた女の子たちは、目の前にある事実を無視し、自分の世界へファンタジーを招き入れることを楽しんでいたはずなのだから。

元記事:https://www.vogue.com/article/sex-and-the-city-best-online-writing-20th-anniversary

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